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  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2013/06/07

南西地域防衛態勢強化とは

学習会報告

南西地域防衛態勢強化とは

大内要三

 いまオスプレイ配備問題を中心として、沖縄基地問題が注目されている。本稿では、辺野古や東村など沖縄本島の問題から少し離れて、さらに「辺境」の八重山からの視点で日米同盟強化をチェックしてみたい。

 沖縄県八重山郡は石垣市(行政上は尖閣諸島を含む)、竹富町、与那国町の1市2町からなる。現在、ここには自衛隊も米軍も駐在せず、尖閣諸島の2島は米海軍の射爆撃場だが、70年代からずっと使用されていない。

「南西諸島」とは九州と台湾の間に点々と連なる島々、つまり奄美・沖縄本島・宮古・石垣を含めて言うので、八重山はその西端になる。与那国島から台湾までは111キロしか離れていない。与那国・石垣間は137キロある。

安保問題の公式文書で「南西地域」という言葉が出て来たのは新しく、2010年「防衛計画の大綱」に基づく中期防衛計画からで、「島嶼防衛」がクローズアップされてきたのも、この頃から。「島嶼部」の着上陸対処の記述は、『防衛白書』では2003年版が初出と思われる。

 島嶼防衛は最近になってから強調されているが、ほんらい戦後日本は3方面で「領土問題」を抱えてきたはずだった。そしてこれまで、米国あるいは米軍が日本の「領土問題」解決のために何かをしてくれたことなどなかった。それなのに、いま尖閣の日米共同防衛(の幻想)が語られるようになっている。

Ⅰ 2010大綱の南西地域重視

 2010年12月17日に閣議決定された「防衛政策の大綱」の、今日のテーマに関連する部分を確認しておこう。

 まず、事実上の仮想敵国が設定されている。日本の周辺地域には「領土や海洋をめぐる問題や、朝鮮半島や台湾海峡等をめぐる問題」があると指摘したうえで、北朝鮮の動きは「地域の安全保障における喫緊かつ重大な不安定要因」であり、中国の動向は「地域・国際社会の懸念事項」だという。朝鮮有事・台湾海峡有事は日本に波及する恐れのある周辺有事だと明示している。

 そして、これが2010大綱でもっとも注目された部分だが、事実上、専守防衛を放棄している。「従来の『基盤的防衛力構想』によることなく、各種事態に対し、より実効的な抑止と対処を可能とし、アジア太平洋地域の安全保障の一層の安定化と、グローバルな安全保障環境の改善のための活動を能動的に行い得る……動的防衛力を構築する」。自衛隊は国土防衛にとどまらず、アジア太平洋の安全保障のためにも、グローバルな安全保障のためにも出動するわけだ。しかし建前上の「専守防衛」は「防衛の基本政策」として『防衛白書』2013年版の記述にも残っており、「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略」なのだという。建前としてはここが崩れると憲法違反になってしまう。

 大綱でいう「各種事態」とは何か。「大規模着上陸侵攻等の事態が生起する可能性は低いが」「我が国を取り巻く安全保障課題や不安定要因は、多様で複雑かつ重層的」だから、「これらに起因する様々な事態(各種事態)に的確に対応する必要」があるという。敵の大規模侵攻はなくても地域的攻撃やゲリラ攻撃、ミサイル攻撃があり得る、というわけで、ここから島嶼防衛の課題が出てくる。

「島嶼部に対する攻撃への対応」として大綱は、次のように述べる。「機動運用可能な部隊を迅速に展開し、平素から配置している部隊と協力して侵略を阻止・排除する。その際、巡航ミサイル対処を含め島嶼周辺における防空態勢を確立するとともに、周辺海空域における航空優勢及び海上輸送路の安全を確保する。」陸自・海自・空自の統合運用で島嶼防衛に当たるわけだ。では具体的にどのような部隊をどこに配置するかは、大綱と同時に決定された中期防衛計画に示された。

 ――南西地域の島嶼部に陸自の沿岸監視部隊を配置、初動を担任する部隊新編に着手する。移動警戒レーダーを南西地域の島嶼部に展開する。南西地域において早期警戒機の整備基盤を整備する。潜水艦を艦齢延長により16隻態勢から22隻態勢に増勢する。

 以上、2010防衛大綱で南西地域防衛態勢強化の基本方針が示された。この大綱は民主党政権下で策定された10年計画なので、改定する必要があると、政権に復帰した自民党安倍内閣は言っている。しかし改定されても内容的に、基盤的防衛力構想から動的防衛力構想へという転換には変化はないだろう。なぜなら防衛省防衛研究所が編纂した『東アジア戦略概観2013』の指摘によれば、「動的防衛力という概念が、民主党政権発足以前からの防衛政策と多くの面において共通点を持つ」からだ。要するに民主党政権であろうが自民党政権であろうが防衛政策の基本は一貫している、ということだ。

Ⅱ 日米安保協議委員会での合意

 ではこのような南西地域防衛態勢強化方針は、日米政府間合意ではどうなっているか。

 前提として、米国の世界覇権国家から太平洋国家への後退・縮小傾向がある。これについては「安倍改憲政権の矛盾について」(へいけんこんブログ掲載)でいくつかの基本文献を分析したので再論しない。

クリントン国務長官の2010年ハワイ演説、同じく11年『フォーリン・アフェアーズ』論文によれば、オバマ政権のアジア太平洋政策は「同盟国・パートナー国・中国、地域的枠組への重層的な地域的関与」となる。日米同盟が地域でもっとも重要な二国関係というのは、日本の首脳と会談するときのリップサービスであって、米国外交の基本文献には決して出て来ない。日本は横並びのうちのひとつに過ぎない。

軍事的にも、米国の11年QDR(4年ごとの議会への国防報告)また国家軍事戦略によれば、米軍は「地理的な分散、作戦上の強靱性、政治的な持続性」を追求する。この中では自衛隊を最大限に活用しつつ、オーストラリア、韓国、ASEAN、インドとの防衛協力を強化する。他方では中国軍をリムパック演習に参加させるような柔軟性も見せる。

このような傾向は、オバマ政権下で始まったことではない。11年6月シンガポールでのアジア安保会議でゲイツ国防長官が語ったことは重要だ。「太平洋沿岸に強靱な軍事的関与と抑止態勢を維持しつつ、同盟国へのコミットメントを維持するのが、党派を問わず米国の指導者共通の認識」だという。共和党政権であろうが民主党政権であろうが、アジア安保政策の基本に変わりはないということだ。

すると前に見た『東アジア戦略概観2013』の指摘と合わせて、米軍・自衛隊の共同作戦計画の基本は、米日それぞれの政権がどのような組み合わせになろうが揺るがない、ということになる。ただしこれは既定の基本路線が、ということであって、米軍撤退の詳細が未定である以上、どこをどう揺るがせていくかが私どもの課題となるだろう。

さて、2011年6月21日、菅直人政権下の日米安保協議会(2+2)のメンバーは、松本外相、北澤防衛相、クリントン国務長官、ゲイツ国防長官だった。この会談での合意事項でもっとも重要なのは「共通の戦略目標」改定だった。同目標は05年の2+2で、つまり米軍再編協力の時点で設定され、07年に改定されていたが、11年版で目を引くのは次の4項目だろう。北朝鮮による挑発を抑止、拉致問題の解決。中国による国際的な行動規範の遵守を促す。対話を通じた両岸問題の平和的解決。北方領土問題の解決を通じた日露関係の完全な正常化。

このうち拉致問題と北方領土問題は、それまでも日米「共通の戦略目標」に掲げていながら、米国がまじめに取り組んだことはない。両岸問題とは中国・台湾の緊張のこと。

中国に関しては柔らかな表現になっているが、防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観2012』の解説によれば、次のようになる。「総合的に見ると、名指しはせずとも、接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の追求を含む軍事力の広範かつ急速な近代化を伴いつつ台頭する中国に対して、日米両政府がどのように対応していくかという問題意識を共有」。中国軍拡への対応だけでなく、両岸問題すなわち台湾海峡有事への対応でも、自衛隊・米軍は共同対処する。

そのための当面の具体的な防衛協力として、共同演習、施設共同利用、情報共有拡大方針が11年2+2で確認された。

続く2012年4月27日、野田政権下での2+2メンバーは、玄葉外相、田中防衛相、クリントン国務長官、パネッタ国防長官だった。人は変わっても基本方針は一貫している。共同発表文書の南西地域に関する部分は以下のとおり。

「閣僚は、同盟の抑止力が、動的防衛力の発展及び南西諸島を含む地域における防衛態勢の強化といった日本の取組によって強化されることを強調した。また、閣僚は、適時かつ効果的な共同訓練、共同の警戒監視・偵察活動及び施設の共同使用を含む二国間の動的防衛協力が抑止力を強化することに留意した。」

 自衛隊の南西地域重視は、日本防衛のためだけのものではない、日米同盟の対中国抑止力強化のためのものだと言っている。「動的防衛協力」という新しい概念が出ている。

 こうして日米合意のもとに進められる「共同の警戒監視・偵察活動」の一環として、八重山諸島への自衛隊進出が行われることになった。

Ⅲ 与那国に自衛隊基地新設計画

 八重山への自衛隊進出に先立ったのは、米艦の寄港だった。2007年6月、与那国島の祖納港に2隻の米海軍掃海艦が入港した。アジア太平洋戦争でも地上戦のなかった八重山に、米艦寄港はこれが初めてだった。のちに沖縄県民への侮蔑発言で有名になった、当時在沖米総領事だったケビン・メアの「台湾海峡有事の際の掃海拠点に」との進言による。ゴーサインを出したのはネグロポンテ国務副長官だった。この間の経緯はウィキリークスが暴露したし、のちにメア自身が尖閣防衛問題として書いている(『決断できない日本』文春新書)。台湾海峡有事と尖閣防衛との、このすり替えが重要だ。

 掃海能力、掃海艦艇装備では、米海軍より海上自衛隊のほうが高い。台湾海峡有事のとき祖納港を拠点とするのは、米海軍ではなく海自だろう。

 09年4月には石垣港に2隻の米海軍掃海艦が入港した。自衛隊員募集事業にも協力してこなかった革新大浜市長は、非常事態宣言で抗議した。しかし翌年の市長選で大浜は敗れ、石垣市政は保守に急転していくことになる。

 与那国島に自衛隊、という声は与那国町民のほうから出た。07年、与那国防衛協会が設立された。同協会は自衛隊誘致の署名運動を開始し、08年9月、町議会に自衛隊誘致決議を出させることに成功した。

 かつて台湾との交易・交流で栄えた与那国には、1948年に町制が敷かれた時点で1万2000の人口があった。現在は1600を切っているのは、近い台湾との自由な交流を断たれ、沖縄本島・九州に遠い離島苦のためだ。観光でアジアリゾートに負け、サトウキビ農業の未来が明るくないとすれば、本来は望ましくないものを誘致してでも経済発展の契機としたい。このような論理は原発誘致や産廃処理場誘致に良く似て、結局はヤマトや東京に都合のよい理屈になってしまう。並べて論ずるのは失礼だが、各地の原発立地に充実した地域経済を育成すれば、原発マネーに期待する必要はなかったし、むろん事故被害もなかっただろう。

 町議会の自衛隊誘致決議を受ける形で、09年には浜田防衛相が、10年には北澤防衛相が与那国を現地視察した。浜田は与那国を訪れた最初の現役防衛相だった。

 防衛省が具体的な基地新設計画を提示したのは12年5月12日のことだった。陸自の沿岸監視部隊約100名。島の南西にある南牧場の一角(大半は町有地)125ヘクタールを買い上げて隊舎・宿舎・ヘリポートを建設して駐屯地とする。軽武装だからゲリラ対処能力はあっても米海兵隊のような侵攻戦闘能力はない。だから尖閣に敵上陸、という事態になっても、与那国駐屯の部隊が対処するわけではない。ただ有事の出撃拠点を確保する、という意味はあるのだろう。与那国駐在部隊を対馬の警備部隊と同格にするなら、指揮官は連隊長クラスの1等陸佐となる。

また島中部のインビ岳西側に移動警戒レーダーを設置して、航空自衛隊の移動警備隊を駐屯させる。大型トラックに載せたようなレーダーだから、探知する方角によって移動させることができる。那覇の警戒隊、宮古のレーダーサイトとの連携・補完関係になる。これで尖閣を見張るというのだが、台湾海峡も見張ることになるだろう。有事にはレーダー基地は最初に攻撃されると思われるが。また整備部隊が付いてこないのなら当然、ヘリは常駐しない。急病人を運んでもらえるという島民の期待は外れる。

与那国島の島をめぐる道路は舗装されているが、交通量は少ない。南牧場は道路の両側に拡がり、小柄なヨナグニウマが自由に道路を横断している。下には青い海が見える。インビ岳中腹には林道が通り、こちらも舗装されている。祖納港は直接外海に面して、大型艦船が入港できる設備はない。与那国空港も小規模で、大型ジェット機は発着できない。那覇にいる空自のF15がスクランブルで飛んできても、与那国までは40分かかるという。なお与那国島の真上を通っていた防空識別圏境界線は、すでに西の海洋上に移されている。

与那国に基地を新設することに、どのような意義があるのか。少数でも部隊が常駐するだけで抑止効果がある、という考え方もあるだろう。「ソ連の脅威」がなくなって以後、北海道駐在の大部隊の意味がなくなり、定員削減続きの陸上自衛隊に新たな任務を与える、ということもあるだろう。しかし、本稿で見てきた流れからすれば、これは日米の「共同の警戒監視・偵察活動」の一環以外の何物でもない。与那国で得られた中国軍の動静情報はリアルタイムで米軍に流れる。

誘致派の期待としては、人口減に歯止めをかける、経済の活性化をはかる、ということがあるだろうが、少数の部隊では経済効果は小さく、基地労働での地元雇用もきわめて限定されたものとなるだろう。

Ⅳ 島嶼防衛共同演習の実態

 島に置かれるのが警戒監視・偵察部隊だとすれば、実際の「島嶼防衛」はどのように行われるのか。日米共同演習・訓練を見てみよう。

 昨年11月5日から16日までの日程で行われた日米統合実動演習「キーン・ソード13」は、統幕・陸海空の自衛隊3万7400、米軍約1万が参加する、きわめて大規模なものだった。その目玉は離島奪還であり、舞台は那覇市沖にある周囲2キロの無人島、米空軍の射爆撃場になっている入砂島(なぜか施設名では出砂島)に設定されていた。しかし直前になって政治的配慮で「沖縄周辺海域での模擬訓練」に変更され、非公開で行われたため、実際にどのような演習が行われたのかは分からない。

 キーン・ソード13の全体像も、部分的にしか公開されないため、よく分からない。報道されたのは、佐世保での基地警備共同訓練、北海道から九州・日出生台への陸自の転地訓練などに限られ、また広報はキーン・ソードの一環であることを否定しているが、同時期に石垣・西表・与那国でも「西部方面隊訓練」の名で通信演習が行われた。

 それまでに行われたキーン・ソードは朝鮮有事想定のシナリオが多かったと思われ、実際に米韓共同演習と時期的につながっていることが多かった。しかし今回は米韓共同演習フォール・イーグルは3月に行われているから、時期的に隣接しない。キーン・ソード13のシナリオは台湾海峡有事の日本波及だったのだろうか。

 またキーン・ソード13が実施されていたのは、なんと米大統領選挙の真っ最中であり、次の10年間の指導者を決める中国共産党大会開催中でもあった。さらに翌月には韓国大統領選挙を控えていた。このような状況のなかで大規模な軍事演習が日米共同で行われたのは、米軍・自衛隊の共同作戦体制はどのような国際情勢のもとでも不変であることのアピールだったのだろうか。

 より実戦的な日米共同島嶼奪還訓練が、アイアン・フィストの名で行われている。06年1月にカリフォルニアで、米海兵隊と陸上自衛隊西部普通科連隊(西普連)との共同訓練として行われたのが最初だった。直近ではこの1月15日から2月22日まで、サンクレメント島を使用して行われた。「日米混成部隊による接近戦・近接航空支援の訓練」と発表されているが、オスプレイにも水陸両用車にも、自衛隊と米軍が、文字通り肩を並べて乗った。絵に描いたような「ともに戦う」姿である。

 また12年9月にはワシントン州ヤキマで陸上自衛隊の派米訓練として、初のC4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)部隊実験が行われている。

 このような共同演習・訓練の実態を見ると、自衛隊が米軍から島嶼防衛の方法を教授されているだけでなく、上陸侵攻共同作戦の準備をしている、との印象が強い。「島嶼」は尖閣に限らない。

 不思議なのは、島を守ると言いながら、絶対に敵を上陸させない作戦ではなく、取らせて取る「奪還」作戦になっていることだ。専守防衛の建前から、ということもあるだろう。こちらから挑発はしない、相手が侵攻したら必ず取り返す、と説明されるが、それだけの実力を演習で見せつけて抑止力にする、と言いたいのだろう。しかし有人島だったら住民はどうなるのか。また、相手が戦力を増強すればこちらも戦力を増強せざるを得ないという、エンドレスの対峙となる。

 島嶼防衛の実戦部隊として設置されたのが、先に挙げた西普連だった。02年3月に600名で創設され、猛烈な訓練で自殺者が続出した精強部隊。対馬から与那国までという広範囲を守備範囲とする。沖縄に置きたかっただろうが、反対運動を恐れ佐世保に置かれた。移動には「おおすみ」他の輸送艦、ヘリ、LCAC(ホバークラフト)、ゴムボートを使用する。13年度に水陸両用車の予算がつき、オスプレイ導入計画が語られているのは、やはり米軍との共同作戦には同じ装備が必要だからだろう。

 島嶼防衛共同演習の意義は何か。これは先に見た12年4月の2+2文書の「適時かつ効果的な共同訓練」にあたる。1978年のいわゆる旧ガイドラインですでに日本の国土防衛は自衛隊が行うことになっているし、1997年の新ガイドラインで周辺有事の日本波及でも日本の国土防衛はもっぱら自衛隊が行うことになっている。だから、いま共同演習が行われているのは、日本を守るための日米共同作戦の演習などと考えないほうがいい。台湾海峡有事、南シナ海有事まで含めた自衛隊活用を想定すべきではないか。

Ⅴ 第3次日米ガイドラインに向けて

 いまガイドライン(日米防衛協力指針)の再改定作業が始まっている。78年旧ガイドラインは日本有事「共同対処」、97年新ガイドラインが周辺有事(メインは朝鮮有事)共同対処の基本についての政府間合意だった。第3次ガイドラインはグローバルな日米同盟へと解説されることも多いが、全世界というよりはむしろ縮小しつつある米帝国にあわせて、インド洋までを含めての東アジアを対象とすることになるのではないか。

 ガイドラインの再改定を必要とした理由のひとつには、自衛隊イラク派兵前後にすでに日米同盟がグローバルに拡散している実態の追認があるだろう。そして凋落する米国のアジア戦略を支える、よりきめ細かい日本の補完的役割の強化という、もうひとつの理由があると思われる。

 ガイドライン再改定協議に先立って12年4月27日の2+2では、日米政府はグアム、北マリアナの基地共同使用で合意した。自衛隊はアフリカのジブチ基地に続いて、グアムと北マリアナに海外基地を持つことになる。

 だいたい米軍グアム基地の拡大強化に米議会が抵抗しているのは、すでにグアムは中国のミサイルが届き、中国潜水艦が接近し、あるいは近く北朝鮮のミサイルさえ届くようになるような、前線になりつつあるからだ。だから有事に使える基地自体は絶対に手放さずに、本部隊はハワイまで下げておき、グアムの駐在は減らして、その分、自衛隊に任せる。見え透いている。

 再改定をするという合意は、12年8月3日の森本防衛相・パネッタ国防長官の会談で成立した。再改定協議そのものは、13年1月17日の日米外務・防衛課長級協議で始まった。そして4月30日の小野寺防衛相・ヘーゲル国防長官会談では、再改定での情報監視偵察(ISR)分野の重要性が強調された。まさに南西地域の監視部隊もこれに含まれるだろう。

 このような流れのなかで、13年度防衛予算で「南西諸島」はどのように扱われているか。

 ひとつは「南西諸島を含む領空の警戒監視・防空能力の向上」だ。宮古と高畑山(これは南西諸島ではなく宮崎県)の警戒監視レーダーをFPS-7という、より高性能なものに換装する。89億円。那覇基地における早期警戒機E-2C受け入れ態勢の拡充、3億円。那覇基地における戦闘機部隊2個飛行隊化に向けた施設整備、34億円。南西地域に1個飛行隊しかない状況では、頻発するであろうスクランブルに耐えられないということか。

 もうひとつは「南西諸島を始めとする島嶼を含む領土の防衛態勢の充実」だ。ここで、水陸両用車の参考品購入、4両、25億円。与那国に沿岸監視部隊の配置等、62億円。南西諸島における各種事態対応の初動を担任する部隊新編の調査、0.5億円。

 日米の防衛担当相・外務担当相が目まぐるしく交代するなかで、いわゆるジャパン・ハンドラーズの米政府への影響力が落ちていることに注目する必要がある。現職のジョン・ケリー国務長官、チャック・ヘーゲル国防長官、ジョン・ルース駐日大使はいずれも知日派ではなく、より中国に近い。おなじみのリチャード・アーミテージ、ジョセフ・ナイはともに政権の中枢から離れている。米国のアジア太平洋政策は明らかに日本対応が中心ではなく、中国対応が中心だ。

 結論になるが、南西地域防衛態勢強化は、日本の国土防衛のためではない。そのことを防衛省自身が正直に書いているのが、『東アジア戦略概観2013』の次のような指摘だろう。「単に『島を守る』という発想だけでなく、南西諸島方面の防衛を、想定されるより烈度の高い紛争事態のなかに位置づけることも必要」なのだという。

Ⅵ 地域自立と基地反対運動

 八重山での自衛隊基地建設をめぐる対立状況はどのようになっているか。それを説明するには、先に八重山の戦争経験を説明しなければならない。

 与那国島の中心地、祖納の集落に隣接して、浦野墓地がある。沖縄に独特な巨大な石造りの亀甲墓が、それぞれ違った方角を向いて並んでいる。礼を失した表現になるが、壮観というほかはない。亀の甲の形の墓には前庭があり、清明祭(シーミー、旧暦3月に行われる)には遠くからも一門の者が集まってここで供養・会食をする。先祖供養を大事にする、門中墓を大事にすることでは、沖縄は他に例を見ないほどだと思われる。

 先祖を思うとき、当然、八重山の戦争被害の記憶が甦るだろう。

 沖縄本島の場合とは異なり、八重山ではアジア太平洋戦争で米軍の上陸はなく、地上戦は行われなかった。しかし戦争被害は大きかった。軍命令での強制疎開があり、疎開地でマラリアに罹患した「戦争マラリア」での死亡者は、与那国島366、波照間島477、小浜島124、西表島75、新城島24、黒島19、竹富島7名を数える。加えて、米軍の爆撃・機銃掃射等による直接的戦争死亡者が178名。石垣から台湾へ疎開の途中で攻撃を受け尖閣に漂流した戦時遭難死没者が約80名。米軍の攻撃による死亡者よりも旧日本軍の軍命による犠牲者のほうが多い。

 そして、かつて八重山と台湾との交流は濃密だった。西表炭鉱には多くの台湾人が働いていたし、八重山炭は台湾の鉄道で使われた。パイン栽培技術も水牛も台湾から伝わった。高等教育機関のない八重山から、台湾の学校に進学した者もあった。八重山に移住した台湾出身者は徴用に応じ、日本の敗戦後は国籍問題で悩まされた。

 このような記憶が鮮明に残る与那国町で05年4月5日、町議会で全会一致で決議された「与那国自立・自治宣言」を読むとき、あるいは日本国憲法前文をも超えるようなその精神性の高さに、襟を正さざるを得ない。同宣言はいう。「私たちは、既に友好関係を深めている花蓮市をはじめとする台湾など、近隣・東アジア地域と一層の友好・交流を推進するとともに、相互発展の道を築き、国際社会の模範となる地域間交流特別区の実現に向け努力することを誓う。」「私たちは、東アジアの平和維持と国土・海域の平和的保全等に与那国が果たしてきた役割への正当な評価のもとに、日本国民としての平穏な暮らしを実現しながら、平和な国境と近隣諸国との友好関係に寄与する『国境の島守』として生きることを誓う。」

 しかし日本政府は、与那国の国境交流特区・教育特区・環境特区の構想を「適用不可」と却下した。それでも与那国町は「国際村」を支える国際航路ネットワークを中国・台湾との間に作ろうと努力した。そこに自衛隊基地新設問題が降って湧き、島は招致派と反対派に二分されてしまったのだった。

 八重山全体での政治対立を深めた問題としてもうひとつ、教科書問題がある。先に述べた石垣市政の革新から保守への転換後、八重山採択地区協議会は12年度中学公民教科書として、「つくる会」系の育鵬社版を採択したのだ。その審議過程への疑問から各市町教委、協議会、沖縄県教委、文科省の間で二転三転。最終的には竹富町のみ東京書籍版を使用するが、無償給付とならず町で購入することになった。『琉球新報』『沖縄タイムス』がたびたび1面トップで報道し、地元紙『八重山毎日新聞』と『八重山日報』のスタンスの違いが鮮明となったこの教科書問題を、ヤマトの新聞はごく小さくしか報道しなかった。

 与那国の自衛隊基地問題に戻る。反対派の与那国改革会議は11年9月、自衛隊誘致活動中止を求める要請署名を島内556、島外1775筆集めた。13年2月末の統計で人口1570人、783世帯という島でのことである。11年11月には自治労・地区労・沖縄平和センターと共催で大集会・デモも行った。さらに住民投票実施の請求署名を集め、これは588筆になったが、町議会は賛成少数で請求を否決、外間守吉町長は再議に付す義務があるがこれを行わなかった。現在、町と町長を被告とした損害賠償裁判が行われている。また、請求署名の縦覧中に選挙管理委員会が一部を紛失するという不祥事も起こっている。

 今年に入って基地建設の予算が成立する直前になって、外間町長が防衛省に対して協力費10億円を要求したため、建設計画は中断した。5月、与那国防衛協会が次の町長選で外間氏を支持せず他の候補を立てると決議すると、町長は10億要求を撤回した。町長選は8月に行われる。現職、防衛協会、改革会議の3候補の間で争われるのか、自衛隊誘致派が候補者を一本化するのかが注目されている。

 南西地域防衛態勢強化とは何かは、すでに本文で示した。それは日本防衛のためではなく、南西地域で増強された自衛隊部隊を「より烈度の高い紛争事態」で活用するためだった。「島嶼奪還訓練」はそれをいかにも日本の島嶼防衛のためであるかのようにカモフラージュするためのものに過ぎない。

尖閣問題が安保問題ではなく外交問題であることは、この4月10日に日本政府が台湾との間で尖閣諸島周辺海域に関する漁業協定を締結したことに現れている。日本側に不利な、したがって沖縄県知事が抗議したような協定内容の妥当性はここでは問わない。大事なことは、尖閣の領有を主張しているのは日本、中国、台湾の3者だということだ。その台湾と日本との間で尖閣周辺海域での漁業交渉が成立したということは、明言せずとも、尖閣領有問題を日本も台湾も棚上げにしたからこそ可能だった。中国政府はこの交渉成立に抗議しなかった。つまり、尖閣の領有問題についてはすでに日中台の間で、あらためて事実上の棚上げ状態になっていると見ることもできる。

「東アジア内海文化圏」という言葉が近年、研究者の間で使われている。オホーツク海も日本海も東シナ海も、千島諸島、日本列島、そして南西諸島に囲まれた海域だ。ここでは前近代では「国境」を問題にせずに、かなり自由な交易・交流が行われていた。近世日本・中国・朝鮮の各管理貿易体制のなかでも、それは変わらなかった。近代国家としての新政府成立時期にズレがあるために、国境問題が生じた。冷戦中にサンフランシスコ体制が成立したことで国境問題の亀裂は深まった。

島と海はそこを生活圏とする人々のものだ。そこに国家の論理、国家の利益が優先されると、地域住民が犠牲にされる。国家の論理で地域の自立を妨げることがあってはならないだろう。東京在住の者として、八重山で自衛隊誘致に反対する人々への「連帯」の表現はためらわれ、「援助」などという失礼なことではもちろんない。ヤマト政府に八重山の自立を邪魔させないためのささやかな言論活動を、私は続けていきたい。

(本稿は2013年6月4日に行われた平権懇学習会での報告に最小限の加筆をした。その後6月6日に左藤章防衛相政務官は石垣を訪れ、与那国町長選の結果によっては自衛隊基地新設は与那国以外の場所を検討すると語り、与那国の現地視察を見送った。露骨な町長選へのゆさぶりといえる。与那国新基地計画を撤回するなら、これまでに費やした調査費を溝に捨てることになる。毎年、与那国町の防災訓練に陸自を参加させてきた努力も無駄になる。もし「日本西端」の新基地建設地を与那国以外に求めるなら、3月に開港した新石垣空港の隣接地、あるいは石垣旧空港跡地(県立八重山病院建設計画がある)が考えられるが、いずれにしても左藤発言は、防衛省は日本最西端の島、与那国の防衛など考えていないことを示す発言だろう。本稿執筆に当たっては、4月の与那国・石垣取材に関して与那国町議の田里千代基さん、フォトグラファーの山本英夫さん、ほかから貴重な情報協力を得た。また畏友・小幡利夫さんに校閲をしていただいた。記して御礼を申し上げます。 2013年6月7日

参考文献

『防衛白書』『防衛ハンドブック』『東アジア戦略概観』『海上保安レポート』『朝雲縮刷版』各年版

松田良孝『八重山の台湾人』南山舎、2004年

宮里政玄・新崎盛暉・我部政明編『沖縄「自立」への道を求めて』高文研、2008年

小西誠『日米安保再編と沖縄』社会批評社、2010年

『都市経済研究』2010年1号特集「国境・離島・海洋から考える新しい邦づくり」

田里千代基『平和な与那国島に自衛隊はいらない!』2011年

ケビン・メア『決断できない日本』文春新書、2011年

新崎盛暉『新崎盛暉が説く構造的沖縄差別』高文研、2012年

三荻祥『脅かされる国境の島・与那国』明成社、2012年

渡瀬夏彦「与那国島に自衛隊は必要か」『世界』2012年2,4月号

井上和彦「『三里塚化』する国境最前線の島々」『正論』2012年8月号

『現代思想』2012年12月号特集「尖閣・竹島・北方領土」

仲新城誠『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』産経新聞出版、2013年

『軍事研究』2013年1月号「中国に示した日米の結束“Keen Sword 2013/24FTX”」

山田吉彦「与那国島を台湾との交流拠点に」『新潮45』2013年3月号

『けーし風』2013年3月号特集「島々の未来に軍事的緊張はいらない」

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