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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2014年4月

2014/04/21

名古屋高裁・イラク派兵違憲判決6周年にあたっての声明

『憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認を阻止するため、
主権者として、今こそ「平和のうちに生きる権利」の行使を訴える』


2014年4月17日
自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議


1.安倍首相は、今年2月の国会で、安保法制懇から集団的自衛権の行使容認の報告書の提出を受け、夏頃には閣議決定で決めると表明し、いまその準備を着々と進めている。
 
安倍首相の狙いは、尖閣問題など「対中国防衛」を理由に、今秋の臨時国会で自衛隊法や周辺事態法の改正案を成立させ、年末までに行う「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の再改定に集団的自衛権の行使容認を組み込むことにあるとされる。

2.時の政府が、憲法の解釈を変更し集団的自衛権の行使を容認することは、武力による威嚇及び行使を禁じた憲法9条1項、さらには戦力の不保持、交戦権の否認を定めた同2項に違反し、国家権力の濫用を憲法で規律する立憲主義を破壊するものである。
 
それゆえに、歴代の政府は、わが国が行使しうる自衛権は、自国への急迫不正の侵害があった場合に実力をもって防衛すること(個別的自衛権)に限定され、自国への攻撃を条件としない集団的自衛権はわが国を防衛するためとは言えず許されない、そして、かような個別的自衛権を行使するための必要最小限度の「実力」に止まる限り、自衛隊は「戦力」ではなく憲法9条2項に違反しないとの憲法解釈を長年にわたり堅持してきた。

また、歴代の政府は、解釈改憲という手法も否定し、集団的自衛権の行使を許さないとの憲法解釈を変更することはできない(1996年政府答弁)と明言してきた。

3.そもそも集団的自衛権は、個別的自衛権と異なり、国連憲章制定の過程で作られた新しい概念である。国連憲章は、第二次世界大戦が軍事同盟の拡張と対立のもと「自衛」の名で戦争がなされ、未曾有の被害をもたらした反省から、2条4項で、自衛戦争も含め戦争の違法化を明記し、国連が紛争を解決し国家の自力救済を認めない「集団安全保障」という考え方を採用した。

この例外として、「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」という厳格な制限の下に認められたのが個別的自衛権と新たな集団的自衛権だった(憲章51)。従って、軍事同盟による防衛という考え方自体、国連憲章の集団安全保障の原則に逆行し、国際平和の国連中心主義に背を向けるものである。

4.ところが、国連憲章の「鬼子」というべき集団的自衛権は、戦後一貫して、大国が他国へ軍事介入するときの道具として利用されてきた。ベトナム戦争におけるアメリカの武力行使(1965年)、ソ連によるアフガニスタン侵攻(1979年)、ニカラグア内戦におけるアメリカの武力行使(1980年代前半)などがそうであった。

21世紀に入ってからは、9.11後のアフガニスタン戦争(2001年~。アメリカとNATOが集団的自衛権を行使)などの「対テロ戦争」に使われている。しかも、「先制的」自衛権行使まで認め、自衛権概念を拡大している。

これに対して、わが国は、アフガニスタン戦争においては後方支援の名の下に米軍・NATO軍にインド洋上で武力行使と一体というべき給油活動を行い、イラク戦争においては「人道・復興支援」の名の下に空自の輸送部隊、重装備の陸自部隊を派遣して物資や人員の輸送、警護を行なった。

特に、イラク戦争では、イラクの国土及び人々に余りにも甚大で悲惨な被害を与えた。死者は100万人、国内外にあふれた難民は550万人を超えるとされる。日本人5名が殺害され、5名が人質になるなど、憲法9条の下であってはならない犠牲者を出したことも忘れてはならない。
 
5.この自衛隊イラク派兵に対して、2004年、憲法9条の恒久平和主義、平和のうちに生きる権利の実現に努めてきた市民は、派兵差止・違憲確認訴訟にたちあがった。

自民党の元閣僚、故箕輪登氏は、「専守防衛」の立場から同年1月全国で最初に訴訟(札幌)を提起した。名古屋では「私は強いられたくない。加害者としての立場を」というスロ-ガンのもとに、7次にわたり全都道府県から3200人が原告となった。

この年、3月には東京訴訟が、4月には故小田実、鶴見俊輔氏らが先頭にたち原告数1000名を超えイラク人も原告となった関西訴訟が提起された。5月には静岡で、7月には大阪で派兵「費用支出」差止訴訟が、8月6日広島原爆投下の日には山梨で、12月には宇都宮と仙台で訴訟が起こされた。2005年1月には岡山、3月には熊本、京都でも訴訟が提起された。
 
仙台では、2007年10月、情報保全隊によるイラク戦争に反対する市民への監視活動差止訴訟も提起され、2012年3月26日に画期的な勝訴判決を得、現在高裁に係属中である。

こうした市民のたたかいは、全国で11地裁・14訴訟、原告数5700名、代理人数800名という、戦後最大の憲法訴訟に発展した。私たちは、一歩また一歩と事実と論理を積み上げ、6年前の2008年4月17日、名古屋高裁で画期的な違憲判決を勝ち取り、同年12月、完全撤退を実現した。
 
6.名古屋高裁判決は、憲法9条についての政府解釈を前提として、①バグダッドを「戦闘地域」と認定し、②2006年7月以降に開始された航空自衛隊のバグダッドへの多国籍軍兵士の輸送活動が「武力行使」に該当するとし、③イラク特措法を合憲的に解釈したとしてもなお自衛隊の活動は憲法9条1項に違反する、としたものである。
 
また、同判決は、日本国憲法が定める戦争放棄(9条1、2項)と全世界の人々の平和のうちに生きる権利=平和的生存権(前文)の存在意義を改めて確認するものだった。

特に、平和的生存権を、「現代において憲法の保障する基本的人権が平和の基盤なしに存立しえない」「全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利」であると位置づけ、「裁判所に対してその保護・救済を求め法的措置の発動を請求しうる」としたことは、平和と人権の不可分な関係を明らかにし、市民が政府の戦争政策に反対してたたかう強力な法的論拠を与えた。

7.名古屋高裁判決は、憲法9条の解釈について確定した判例である。戦後の護憲運動の貴重な到達点の1つであり、世界に誇るべきものである。

判決は「憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や、戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合」(下線は弁護団)に国民は平和的生存権を行使できると判示している。

今まさに私たちは、主権者として憲法が保障する自由及び権利を保持する責務(憲法97条、12条)を果たすべき重大な事態に直面している。

私たち弁護団は、イラク派兵差止・違憲訴訟をたたかった法律家として、安倍内閣による集団的自衛権行使容認の策動に断固反対し、全国各地でその運動の先頭に立つことを表明し、ともにたたかった原告の方々、支持して下さった方々、そして全ての市民の皆さんに、集団的自衛権の行使容認阻止のために共に立ち上がることを心から訴える。

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