大内要三 コラム「読む・読もう・読めば」

2008/07/28

読む・読もう・読めば 36

ゲバラの出発

ゲバラの2度目の妻、アレイダ・マルチが前夫について書いた『わが夫、チェ・ゲバラ 愛と革命の追憶』がまず昨年イタリアで、次いで今年は日本、キューバでも刊行され、評判になっている。驚くほど率直にゲバラとの出会い、ともに過ごした革命の日々、そして別れを書いているが、ソ連が崩壊した今でもまだ書けないこともあるのだな、と残念にも思う。

ゲバラがすべての地位とキューバ国籍を放棄してコンゴに転戦するに至った事情については、19652月のアルジェでの演説が引かれている。「われわれ代表に、アジア・アフリカ人民の集まりにおいて意見を述べることが許されたことは、決して偶然ではありません。共通の願望、すなわち帝国主義の打倒こそが、未来への前進においてわれわれを結びつけるのです。同一の敵との闘いという共通の過去がわれわれを結びつけてきたのです。」アレイダ・マルチがたんに「アルジェでの演説」と書いているのは、アジア・アフリカ人民連帯機構会議第2回経済セミナーでのオブザーバーとしての演説であり、引用部分は冒頭の「ごあいさつ」にすぎない。だからゲバラはコンゴに行き、次いでボリビアに行き、戦士として闘ったのだとしてこの部分を挙げるのは、適切とは思われない。

むしろ同演説中でソ連批判を行ったことが帰国後にキューバの党内で問題になり、ゲバラがカストロに4月には「別れの手紙」を書いて出国する原因になったというのが、現代史研究者の常識だ。ゲバラのアルジェ演説の1週間前にはブレジネフ新政権がキューバとの間に経済協力3カ年協定を結んでいるから、タイミングがいかにもまずかったと。しかし「ソ連批判」と言っても、決して剥き出しの形ではない。『ゲバラ選集』第4巻収録の訳文によれば、彼はまず「解放への道を歩みはじめた国の発展は、社会主義国によって負担されねばならない」と述べ、次いで社会主義国が「国際市場価格」で後進国と貿易を行うことについて、「こうした関係ができあがるなら、社会主義国といえども、見方によっては、帝国主義的搾取の共犯者とされても仕方ないだろう」と述べた。そしてその後ではソ連も中国もキューバの砂糖を「国際自由市場における標準よりも高い価格で」買ってくれている、とフォローもしている。

それでもゲバラは出国しなければならなかった。ハバナの革命博物館でも、サンタ・クララのゲバラ廟でもフォトコピーを見た「別れの手紙」は悲しい。

2008728日)

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2008/07/16

08.6.15 豊玉9条の会総会 情勢報告

大内要三(ジャーナリスト)

 いま全体として憲法状況がどうなっているのかということについて、少しお話しをしたいと思います。

 皆さんよくご存じのとおり、安倍内閣は任期中に憲法を改正すると言っていたんですけれども、途中でコケて福田内閣に代わりました。安倍内閣の最大の功績というのは、憲法を変えるぞ、変えるぞと言って、逆に憲法を守らなければいけないという人々を増やしたことだと思います。参議院選挙の結果がそれを示しています。それで安倍さんは退陣することになりました。

 その後、福田内閣は憲法について何を言っているかというと、何も言っていないんです。118日の国会での施政方針演説では、憲法については「すべての政党の参加の下で、幅広い合意を含めて、真摯な議論が行われることを強く期待しております」と言っているだけです。憲法を変えるとも言えないし、変えるための議論をいつ、どういう形で始めるとも言えない。それはやはり、憲法を変えてはいけないという世論が浸透してきたからです。

 そのことを典型的に現しているのが、読売新聞の世論調査でした。読売新聞はご存じのように、憲法改正試案を何回も出して、憲法改正の世論作りに貢献してきた新聞です。ところがこの3月、その読売新聞が世論調査をやったところ、憲法改正に反対が43.1%、改正しようというのが42.5%、わずかですが改憲派が少なかったんです。結果は結果ですから発表せざるを得なかった。

 朝日新聞が5月に発表した世論調査では、逆なんですね、これが。憲法改正が必要が56%、不要が31%。ここで大事なのは20代の変化です。1年前に朝日が同じような世論調査をしたとき、20代のじつに78%が憲法改正せよの意見だった。ところが1年たって、憲法改正必要という20代は55%に減りました。この動きは何かということですね。非常に生きにくい時代になっていて、憲法が変わればもっとひどくなることを体感しているのではないでしょうか。ひとつ安心していただきたいのは、朝日調査でも9条だけについてみれば、改正賛成は23%しかおりません、反対が66%です。国会の議席とは逆転して、国民は9条を守れと言っている。この健全な世論はいまも変わっていないということです。

 したがって安倍内閣は国民投票法をごり押しで通しましたけれども、それが使えない状況なんです。せっかく国会のなかで憲法改正の議論をしようという制度を作ったけれども、それを始動させることができない。憲法審査会を国会に設置するためにいま自民・公明が談合していますが、すぐには合意に達しない。

 ではどうするか。今年の3月ですけれども、新憲法制定議員同盟ができました。彼らは憲法改正というとどうも国民の間に浸透しないので、新憲法制定に看板を書き換えたんです。会長がなんと中曽根康弘さん、527日で御年90歳になられた方です。それが親分になるような組織とはどういうものかと思いますけれども、あとずらずらと役員が名前を連ねています。顧問のなかには、海部元首相、安倍前首相、民主党の鳩山由紀夫さん、国民新党の亀井静香さんがいます。みんな一緒に、憲法改正がダメなら新憲法制定と、虎視眈々と狙っているわけです。612日にも勉強会をやりましたが、講師は読売新聞の政治部長と産経新聞の政治部長です。なんとか世論を変えようと必死なんですね。

 国会で憲法を変える議論が始められないとすると、どうするか。彼らが考えたのは、憲法は変えないけれども、憲法の中身を壊していくという戦略です。すでに何年も前から財界はそのような提起をしていました。そう簡単に憲法は変わらない、だから憲法が変わったと同じ状況を先に作ってしまおうということです。その2つのフロント、大事なところが、9条と25条なんです。9条は非武装・戦争放棄条項、25条は「健康で文化的な生活」を国民に保障する条項ですね。この2つを破壊して、財界と米国の思い通りの国にしようと、自民・公明・民主は考えているわけです。

 9条に関してはどういうことが行われているか。自民党防衛省改革小委員会は5月、自衛隊の憲法上の位置づけの明確化を提言しました。あり得ないことですね。いま自衛隊に関していちばん一生懸命やっているのは、海外派兵恒久法づくりです。自衛隊を外へ出すたびに新法を作るのは大変だから、内閣が決めたらいつでもすぐ海外派兵ができるようにする。限りなく戦闘行為に近いこともできるようにする。それもあわてて作ろうとしているのは、来年1月になるとテロ特措法が期限切れで、インド洋での給油活動ができなくなる。来年7月にはイラク特措法が期限切れで、米軍の空輸支援ができなくなるからです。さらに年内にもアフガンに地上部隊を再度送るとか、スーダンにPKO派兵をすることも検討されています。

 このように9条を壊していくのと同時に25条も壊していく。その典型例が、先ほど佐々木先生から詳しくお話のあった、後期高齢者と言われてしまった人々の新しい医療制度ですね。9条を壊す、25条を壊すことで、憲法がないも同然の状態にしようとしている人々がいるということです。

 9条と25条はどのようにつながっているのか。彼らはことあるたびに「お金がない」と言いますね。本当だろうか、ということです。医療と福祉のための財源がないから、新しい税金を作るとか消費税率を上げるとか言っています。しかし非常にはっきりしているのは、大企業に対する税制優遇、そして軍事費、この2つの問題です。無駄遣いをしているから、取るべきところから取らないからお金がないんです。私どもの払う税金はここ10年、ほとんど毎年上がっていますよね。ずしりと実感されていると思います。それなのに大企業の優遇税制は変わっていないんです。そして軍事費の無駄遣いがあります。

 確定したところでは、2007年の防衛関係費は48000億でした。これが本当に日本を守るために必要なのか。兵器を見ると分かります。イージス艦という船がありますね。この間「あたご」というイージス艦が漁船を沈めて2人、行方不明になりました。そのすぐ後、3月に6番目のイージス艦「あしがら」が竣工しました。6隻というのは米国に次いで多いです。これを1隻作るのに1400億かかるんですよ。積み込むミサイルを新型のSM3に換えますが、120億。もっとすごいのは護衛艦「ひゅうが」です。事実上の航空母艦です。長さ200メートル、ヘリコプター4機を積むんですが、甲板が真っ平らで、改修すればすぐに航空母艦になる。これを2隻作りますが、1隻1050億かかります。

 こういう兵器を何に使うのか。イージス艦は飛んでくる敵ミサイルを撃ち落とすことができると言われます。しかし、たとえば北朝鮮からミサイルが東京に飛んできたら、十数分で届きます。それを途中で落とすことなんか絶対にできない。しかし米国向けのミサイルを落とすには役立ちます。そしてなぜ航空母艦が日本に必要なのか。日本を守るなら日本の空港から戦闘機が飛べばいいんです。日本でないところで戦争をしようとするから航空母艦が必要なんです。まったく日本を守るための兵器ではない、米国に追随して海外派兵するための兵器に、こんな巨額を使う必要があるのか。

 そうして良く言われるのが米軍への「思いやり予算」ですが、これを含めた米軍駐留経費は、2007年度は6104億円でした。

 こういうところにお金を使っているから、お金がなくなるんです。何億とか言われると、1万円札で何枚かと、想像もできない数字ですが、みんな税金なんですよね。われわれが払ったんです。だから使い方については絶対に文句を言う必要がある。

 それで後期高齢者と言われる人々の話とつながります。いま75歳以上の人口は1276万人です。先ほど挙げたように、どう考えても日本を守るためでない兵器を削減すればすぐ1兆円が浮きますが、1兆円をこの人口で割ればひとり78370円ですよ。保険で個人負担を増やす必要なんか全然ないですね。ということで、9条と25条は、こういうふうにお金の問題でつながっているんです。9条を壊すから25条も壊れるんです。

 いろいろなことを申し上げましたが、最後にひとつだけ、これは絶対に忘れないでいただきたいのは、25条は純国産だということです。日本国憲法は米国のおしつけだと言う人がありますが、これはウソですが、25条に関しては誰もおしつけとは言えない。たしかに憲法はGHQが原案を作りましたけれども、そのあと国会で議論をして、国民が納得して、これからの日本はこれでいこうと決めたものです。そのGHQ原案に25条にあたるものは無かったんです。国会審議の過程で、衆議院憲法小委員会で、森戸辰男さんらが提案して加えたものです。

 いま、私たちは憲法9条と25条が壊されている状況のなかで、守り発展させていく、新しい中身を作っていく運動が必要だと思います。

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2008/07/15

読む・読もう・読めば 35

黒田三郎のリルケ

日記によれば詩人・黒田三郎は1942106日にリルケの『マルテの手記』を読了する(『黒田三郎日記』戦中篇Ⅳ)。友人の大井康暢が聞いた話によれば、黒田はその『マルテの手記』をジャワへ行く船の舷側から海中に投げ捨てたという。黒田が戦時中の繰上で東京帝国大学経済学部を卒業したのが429月、同時に南洋興発に入社。箱根丸で任地のジャワに向かったのは431月。黒田は一度はリルケを読み返すつもりで嚢中に入れ、途中で気が変わったことになる。

大井は上記黒田日記の付録で、次のように書く。「当時、戦局は日本に有利だったとは言え、この天性の詩人が、一時は詩を棄てて、占領地で軍国主義のお手伝いをしようと決心したこともあったのだ。大袈裟かも知れないが、黒田三郎も人並みにお国のために見栄をきったのである。」そうだろうか。黒田が船中でリルケを捨てたとしても、詩を捨てたことにはならないだろう。後に戦火で焼失したが詩集3冊分の原稿は残してきたし、ジャワでも詩作はしているのだ。本人が書いている。「戦時中の詩はない。南方から戦後一年目に帰ってくるときに、書いたものいっさい焼いてしまったからである。」気になるのは、焼いた原稿がどのようなものだったかということだが、時局迎合的な作品を書いたとは思えない。黒田は黄麻農園の管理、休廃止製糖所の管理に従事したのち、現地召集で二等兵になる。

戦後の黒田は日本放送協会で働きつつ『荒地』創刊メンバーとして12冊の詩集を発表した。小市民であることに居直ったような、分かりやすい、彼の作品は没後28年たったいまも愛読される。「荒地」グループの基調には戦争で生き残った者の後ろめたさがあるが、黒田の戦争体験はもう少し知りたいところではある。

黒田は42923日の日記に、リルケの次の箇所を引いている。「僕はあらゆる人生の中にいる、そしてあらゆる文学のなかにいるこの第三者、しかしほんとうは決して存在したことのない第三者の『幻影』が無意味なものであるのを知ることが出来なかった。」コメントはしていない。   (大内要三 2008715日)

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2008/06/29

読む・読もう・読めば 34

小学校は大丈夫か

中国の四川大地震で、省都成都の高層ビルにはほとんど被害がないのに、多数の学校で校舎が倒壊して、それだけでも6500人以上が死亡したと伝えられる。役人が業者から賄賂をもらい手抜き工事をさせた疑惑で遺族が抗議したところ、当局が弾圧したという(612日付読売新聞ほか)。日本の学校は大丈夫なのか。岩手・宮城内陸地震のように、不意打ちに近い大地震もあるし。620日付朝日新聞によれば、文科省調査で「公立小中学校1万棟、震度6強で倒壊の恐れ」という。

文科省の発表原文を同省ホームページで読んでみた。「公立学校施設の耐震改修状況調査の結果について」という620日付の文書だ。高校、特別支援学校、幼稚園の数字も出ているが、繁雑になるので小中学校だけ見ると、耐震診断実施率の全国平均93.8%、耐震化率62.3%。全国の小中学校の3分の1は大地震が来れば倒壊する、ということだ。こういうことを気にせずにはいられないのは、大地震等の災害の際の地域の避難場所として小学校が指定されているからだ。今回の新聞報道はそのことに全く触れていないけれども。家が壊れたから学校に避難したところ、学校も壊れていた、というのでは話にならない。

都道府県ごとの数字も出ているので、千葉県のところを見る。耐震診断実施率は96%と高いが、耐震化率は56%と低い。100年かかってあまり進歩していないと感じるのは、1902年に津波で倒壊した学校を全町民の日掛け貯金で12年かけて再建した、千葉県御宿町の物語を一昨年、書き下ろしで上梓したからだ(『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』窓社)。御宿では国からも県からも援助が得られなかったので、町民自身の力で学校を建てた。

いま学校耐震化工事の地方自治体負担は約1割、ほとんど国の費用でできる。それでも工事をしないのは何故だろうか。少子化でいずれ統廃合されるから、それまで放っておくのか。学校ごとに耐震診断の結果を公表しているのは全国平均で51.8%というのも、いかにも住民に知らしむことを避けたい役人のやりそうなことだ。  (大内要三 2008629日)

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2008/06/14

読む・読もう・読めば 33

『ロスジェネ』を読む

5月に発売されて一部で話題になっている『超左翼マガジン ロスジェネ』創刊号を書店で見つけて買ってみた。編集長は浅尾大輔さん、「3月まで都内の労働組合で非常勤職員の組織化を担当。2003年小説『家畜の朝』で新潮新人賞を受賞。元『しんぶん赤旗』記者」と紹介文にある。適任だ。

「ロスト・ジェネレーション」、直訳すれば「失われた世代」とは、本来は1920年代から30年代にパリで暮らしていた一群の米国の作家たちのことだった。ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、スタイン、その他。青年期に第一次世界大戦を経験し、旧秩序の崩壊を目の当たりにした人々だ。のちにより広い意味でも使われるようになったが、本来は文学史の用語だった。それを、2006年に朝日新聞が団塊ジュニアの、バブル崩壊期=超就職氷河期に就職活動をして割を食った人々の呼称として使い、なんとなく定着した。就職氷河期は長く続いたから、正規雇用に就けないロスジェネはいまや2000万という。団塊は団塊と呼ばれるのが嫌いだが、ロスジェネは自らロスジェネというらしい。で、雑誌だ。

マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」をパロった「ロスジェネ宣言」の文章は歯切れが悪く、複数の起草者がいろいろ書き込んだままらしく整理も悪い。宣言中の「私たち左翼」という自己規定は、仲間を増やすことに障害とならないのか。実際に巻頭の赤木智弘さん(「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争」で論壇デビュー)との編集長対談も、かなりすれ違いが多い。私ども本家左翼中高年との間だけでなく、同世代同士でもロスジェネ同士でもなかなか話が通じないらしい、というのは残念なことだ。

意思を通じるための道具としての言葉を研ぎ澄ましていくには、どれだけの研鑽が必要なのかと、読解を拒否する長文を読み進みつつ嘆息する。いかにも身内以外との議論の習慣なくどの世代も過ごしてきたのだ。せめて『ロスジェネ』のような雑誌を読む努力は続けたいと思う。『赤旗』には「期待します」と紹介記事が出た翌日、「特定の雑誌を支持、讃美する方針はとっていない」とわざわざ編集局告知記事が出たが。第2号は12月刊とのこと。(大内要三 2008614日)

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2008/05/28

読む・読もう・読めば 32

都江堰のこと

中国四川大地震の報道に接するたびに胸が痛む。救援寄金を送るくらいしかできることがないのも悔しいことだ。余震におののく中で衣食住に欠き、感染症が広がり、さらに土砂ダム決壊の危険があるという。地震そのものの発生は天災で防ぎようがないが、危険地域が人口稠密地帯であること、耐震構造のない建築物が多いこと、そして土砂ダム決壊の危険が迫っていることは、みな人災ではないのか。

震源の近くに都江堰(とこうえん)市がある。都江堰とは紀元前250年ごろに建造され、今なお現役の治水・利水施設であり、ユネスコ世界遺産に登録されたのを記念して、灌県の地名も都江堰に改名された。むろん観光客狙いではある。かつて旧満州国建国大学に学んだジャーナリスト田中譲二氏は、1960年代と2000年の2度現地を訪れ、著書『覚え書 中国古代の水利施設都江堰と創建者李冰父子』(光陽出版社、2001年)に、都江堰建造の事情を要領よくまとめている。山を削って岷江の分流を成都に流し成都平原を潤すとともに、水を堰き止めるダムではなく、分水堤と低作堰により水量調節を行い土砂の堆積を防ぐという、古代の智慧と大工事に感嘆させられる。詳しくは同書を参照していただきたい。

しかし現代の中国政府は脱ダムではなく増ダムに邁進した。岷江の上流に06年に完成させた紫坪埔(しへいほ)ダムは日本最大の徳山ダムの倍の水量をたたえる。4万人の少数民族が立ち退いたという。円借款で建造され、電源開発が参画した。このダムに512日の地震で亀裂ができ、14日から緊急放流したことが、土砂ダム決壊危機の遠因だろう。紫坪埔ダムが決壊すれば都江堰市は水没するが。中国水利部は25日、地震による危険ダムは四川省内だけでも1803あると言っている。ダムで治水ができるなどと思うな、というのが都江堰の教訓であったはずなのだが。     (大内要三 2008528日)

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2008/05/14

読む・読もう・読めば 31

イノセント

58日午後9時半ごろ、制服姿の現職自衛官が国会構内に侵入し、正面玄関前の踊場に正座して割腹自殺未遂という事件を起こした。朝霞市の自衛隊体育学校所属、陸士長、20歳。家族あての遺書を持っていたから、覚悟の自殺のつもりだったろうが、刃渡り20センチの短刀では死に切れず逮捕、入院。13日になって建造物侵入と銃刀法違反の疑いで再逮捕された。

再逮捕の発表と同時に、この自衛官が地下鉄国会議事堂前駅のコインロッカーに「福田首相に告ぐ」と題する抗議文を収録したUSBメモリーを入れていたことも発表された。「政治や外交、若者に対する不満をつづっているという」と産経新聞は報じているが、それ以上に詳細な内容は不明。諫死のつもりだった自衛官の上申書が公開されないのは、どのような配慮からだろうか。

9日の記者会見で石破防衛相はこの事件に関して、「国会議事堂であるということ、そしてそこにおいて自傷行為を行ったということ、そしてそれが極めて若い隊員であったということについて、非常に強い関心と問題意識は持っている」と述べた。さらに「鹿児島、茨城と陸自が最近続いていますが」との問いに、「若いから人生経験が足りないということもあるのかもしれませんが、若いだけに純粋というようなところもあるだろうと思っておりますし、イノセントという言葉をどう訳したら良いのか分かりませんが、そういうこともあるだろう」と答えた。

国会構内に軍人が入るといえば、当然2.26事件が想起される。「鹿児島」とはタクシー運転手を19歳の陸自隊員が刺殺した事件であり、「茨城」とは18歳の陸自隊員らが駐在所にロケット花火を打ち込み、制止の警官に暴行した事件のことだ。そしてイノセントとはもちろん、無邪気という意味もあるが、本来は「罪のない」という意味である。9日の記者会見の時点で石破氏がすでに諫死未遂自衛官の抗議文の内容を把握していたとしたら、イノセントとはたいへん意味深なことになる。  (大内要三 2008514日)

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2008/05/08

宇宙基本法案のこと

【要】通信〈26〉より

http://the-za.somard.co.jp/j_photo/jp_space/photopre_008.shtml

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2008/04/29

読む・読もう・読めば 30

パール・バックの原爆小説

『大地』3部作で知られる米国のノベル文学賞受賞作家、パール・バックは、むしろ社会活動家として評価されるべきだろう。ピーター・コンは『パール・バック伝』(丸田浩ほか訳、舞字社2001)で、文学史から抹殺された彼女の作品群の再評価をめざしたが、あまり成功していない。かえってバックが精力的に展開した、女性の権利拡張運動、公民権運動、アジア文化紹介運動、不幸な子どもたちの里親運動、そして反核運動のありようが、この伝記からは浮かび上がる。70冊といわれる彼女の作品のほとんどは、これらの運動の資金を得るために書かれたのだった。

私はこの伝記から、バックが1950年代に反核運動にかかわり、59年には撤退してしまう経緯について知りたいと思った。しかし谷本清がノーマン・カズンズと組んで始めた原爆乙女(と日本では報道されたが、ここでは「ヒロシマ少女達」と書かれている)の渡米治療運動を支援したことについては10行ほど、反核運動とのかかわりは主に関連作品について3頁ほど書かれているだけだった。バックは原爆製造にかかわった科学者たちへのインタビューをもとに、戯曲『ある砂漠の出来事』と、小説『暁を制す』(のち『神の火を制御せよ』の題で邦訳、丸田浩監訳、径書房2007)を、ともに1959年に発表した。

『神の火を制御せよ』は、原爆開発の物語だが、実在しない若く美しい女性科学者をヒロインにすることで成立している。人物描写はありきたりで会話もぎごちない。濡れ場のないハーレクインといった感じのメロドラマだ。核廃絶の主張はなく、倫理問題に解消されている。原爆が使用されず戦争が続いたら「低く見積もって」50万の米兵と250万の日本人の生命は失われただろう、というプロパガンダを無批判に使っているし、広島被爆の情景はわずか4行、戦後日本を訪れた米国人科学者は記者に対してパール・ハーバーを持ち出して反撃する。要するに徹底して通俗的であることで大衆小説として成功したのだ。バックが原水禁大会に来日して日本の文学者と論議する機会がなかったのは残念。

(大内要三 2008429日)

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2008/04/19

「おばた」さんのコメントにお答え

228日付の私のコラム記事に対して、早くも翌日に「おばた」さんがコメントを書いてくださっていたことに、つい昨日になって気付きました。対応が遅れてすみません。

私は漁船に体当たりしたイージス護衛艦「あたご」について、「部内応募で艦名が『ながと』に決まりかけ、さすがに『時期尚早』として見送られたという」と書きました。これに対して「おばた」さんは、「本当か?」と疑問を呈されました。それまでのイージス艦「金剛以下の命名はいずれも旧海軍の巡洋戦艦と重巡洋艦の山岳名に由来している。長門は旧国名で旧海軍では戦艦につけられていた」から、「長門が候補に挙がったというのは疑問がある」ということです。

14DDGの名で三菱重工場長崎造船所で建造されていた艦は、2005824日の命名・進水式で今津寛防衛庁副長官によって「あたご」と命名されました。このことは写真入りで『朝雲新聞』に報道されていたと思います。「ながと」の名が見送られた経緯については、05819日付の共同通信配信記事で報道されています。ご確認ください。

なお、「おばた」さんも書いておられるように、すでに旧国名を付けた護衛艦、つまり旧海軍の戦艦を彷彿とさせる艦が建造中であることに、注目すべきだと思います。07823日にIHI横浜工場で命名・進水式が行われ、093月に就役予定の「ひゅうが」は、なんと全長197m18000tで、「最大の護衛艦」の記録をまたまた書き換えました。ヘリ搭載護衛艦とされていますが、写真を見ると空母そのもの、甲板を張り替えるなどで軽空母に改装することが可能と思われます。旧海軍の戦艦「日向」が、戦争末期に航空戦艦に改装されたことを考えても、意味深長な命名ですね。陸軍と違って海軍は切れ目なしに海上自衛隊につながっていますから、旧軍復活と騒いでも迫力に欠けるのかもしれませんが。  (大内要三 2008419日)

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